先週からWWJでは各国の海外在住ライターが自分の身を守る「海外で住む・働くことへの責任」について配信しています。今回はマニラ在住の筆者が自分の身を守るために行っている心得を3つご紹介していきますが、これはマニラに限らず海外に住んでいる方に共通しているものかと思います。

 

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筆者が在住しているマニラは、日本人のイメージがあまり良いとは言えないと思います。実際友人に「マニラに移住する」と話すと、大概は「大丈夫なの?」という質問が飛んで来るわけです。しかしながらマニラは既に十分発展した都市であり、経済の中心マカティは新宿などと同様か、それ以上の高層ビルが立ち並んでいます。また新しい経済エリアボニファシオグローバルシティー(BGC)も建設ラッシュとなっており、筆者もこのBGCにオフィスを置き、この街の中に住まいを設けています。

日本から見れば安全面で海外は劣る部分が多少あるかもしれませんが、イメージが悪いマニラですら住めば非常に安全であることがわかります。日本で能動的に取りに行かず、テレビの報道などで偶然知る海外の情報というのは極めて重大な事故、事件か、または邦人に関するものが100%に限りなく近くなっていると思います。ニュースの1コマが30分の枠であれば、もちろん日本のニュースが大半になるわけですから、海外のニュースは選ばれた限定的なものに留まる。そうなれば自然に大きなニュースsか筆者がここで述べておきたいのは、メディアがマインドセットを行っているなどという意見ではなく、「ただ日本で生活しているだけで入ってくるような海外の情報は、大概悪い情報しかない」ということなのです。

マニラに住んでいる日本人である筆者はかなり頻繁に日本のニュースをインターネットや新聞でチェックしています。これは「ただマニラで生活している日本人は、日本の重大なニュースしか知らない」「日本の情報についていけない、遅れをとる」ということがないようにしているわけです。全世界の情報を全て知ることは不可能ですが、ただテレビで流れてくる事件や事故のニュースで「海外が危ない」「日本のほうがよい」と考えるのは少し時期尚早かと思います。

 

そんな前提的な考え方から更に少し深い考え方に移って海外に住んでいるとよく感じること、また日本人として気をつけていることについて3つご紹介してみたいと思います。

 

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1 世界から日本がどう見られているのか気にしておく

 

海外で生活していると自分が日本国籍であるということをしばしば忘れがちです。筆者の場合は英語ネイティブ圏でありませんが、英語が生活の大半の言語になっています。逆に言えば日本語を話すことが非常に少なく、度々単語や漢字が出てこないことがあります。そんな生活を続けていると自分自身が「その国の人間」になったような錯覚を起こすことがあります。しかしながら、自分はその錯覚に陥りそうになった時に鏡を見るようにしています。自分の顔はフィリピン人の顔ではない、つまりあくまでも外国人であるということを再認識するのです。

 

同僚や友人と話していても気心がしれた人たちの周りを知らない人が沢山歩いています。その中にはもしかすると自分という外国人に目をつけていて、仲間と離れた後に狙われてしまうかもしれない。常に疑いながら暮らしているわけではないのですが、こういった考え方が頭の片隅に小さく置かれていれば、周りに目を配って危険を未然に回避できる可能性が高くなると思います。これは在住でなくとも、海外旅行などの短期滞在でも同じことが言えるかもしれませんね。

 

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2 「その日」は「今日」だと認識して行動する

 

この考え方は住んでいる国に慣れている短期滞在ではなく長期滞在や在住している筆者のような人に特に言えることではないかと思います。テロだけでなく、軽犯罪と言われるスリ・ひったくり・置き引きなどに合う可能性は、「個人1人に対しては毎日同じ程度の可能性がある」ということを意識するようにしています。

例えば、朝家から出て帰るまでには毎日全く動きを取っている人はいません。同じ場所を往復するような仕事でも、食事に行くレストランや使うトイレ、雨が降れば地下道を通ったり、遅刻しそうであれば走ったりすることもありますよね。誰が何処で何をするかというのは意思で動いた「行動」と結果的にそういった動きになったという「行為」に分けられると社会学では言われていますが、まさにそのように毎日は自分の思ったように全て動いたりはしません。食べたかった牛肉がスーパーで高く売られていて、隣の鶏肉にした、なんてことは日常茶飯事。そういったことも含めての話です。

筆者は日々の生活の中で、何処で何が起こるかわからない、特に海外に住んでいる以上自分の推測が外れる可能性は日本にいる時よりも高いと前もって考えています。こういった考え方が頭のなかにあると、「今日は飲みに行ってみんなと楽しい時間を過ごそう!」と考えた時にも「もしここで何か起こったらどうするのか、起こる可能性は低いながらもあるんだ」と同時に考えるのです。

同じ国や地域に長い間住んでいると、「自分はこの土地をマスターしているんだから日本からやってくる海外旅行客より少しローカルなところに入っていったって大丈夫」「現地の言葉が喋れるんだから最悪なにかあっても切り抜けられる」といった根拠の全くない自信が湧いてくることがあります。1でもご紹介しましたが、自分が長いこと海外に住んでいることは犯罪を起こそうとしている人には全く関係のないことです。財布を盗もうと考えている人と自分が偶然にたまたまショッピングモールの中で出会った場合、そこに自分の海外滞在歴や経験は全く力を持たず、やられるときはやられます。物を盗まれる程度ならまだしも、命に関わることになれば大変。日本で「自分は交通事故には合わないだろう、黄色信号でも行ってしまおう」というような過信が事故を引き起こすように、海外では「自分は慣れているから大丈夫だろう」という考えが、危険な目に遭ってしまう可能性を高めているのです。

 

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3 日本人としての生活を突き通さない

 

海外に住んでいる場合の教訓といえば「when in Rome, do as the Romans do.」あまりにも有名な「ローマに入ったらローマに従え」という言葉に尽きると思います。

例えばフィリピンではタクシーで値段交渉を持ちかけられたり、オフィスのコピー機を直しに行きますと待っていて、2時間待って「明日行きます」と言われたり、そんなことは日常茶飯事。それを知っていて現地に従わないのはある意味暴力的な考え方だと筆者は考えています。

現地の文化やシステムに組み込まれて生活したりビジネスを行ったりしているわけですから、自分に課せられた仕事上の目標や〆切などを達成していくためには現地のことをよく学んで行動していかなければなりません。前述の例で言えばタクシーで値段交渉になってしまった場合には交渉しないですぐに降りて次のタクシーを探せば良い。アポが流れることも考えて常に余裕を持ったスケジュール設計を行う。特に仕事に関しては何度もしつこいほどにリマインドを行うこと。大事な予定は「大事なので必ず遅れないように」と意味を添えて伝えること。そういった小さな工夫が日本よりも必要になってきます。他国では業務時間に対する考え方や宗教に関する祈りの時間、食文化の違いなどなど、様々な事で困惑することがあると聞きます。その国で生活する・働くのであれば、その国に合わせていくのはもちろんのこと、「合わせた上で自分のすべきことはきっちり達成できるように動いていく」ことが大切なのではないでしょうか。

 

世界情勢が不安定になっている昨今だからこそ、個人レベルでも上でご紹介した3つの考え方等が海外生活では有効に機能してくることもあります。今後も安全に楽しく海外で生活を継続できるように、現地に溶け込みながら生活していきたいと思います。

 

(Taku)

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Takuto Kurata

Takuto Kurata

Manila Branch Manager at PTN Travel Corp,
W.W.J PROJECTを考えた人。2010年、フィリピン・セブで国際協力活動を行う「NGO FEST」を設立。現在は日本3支部体制に広がる。2012年には国際協力のプラットフォーム「UYIC」を設立。2013年8月よりフィリピンの旅行会社に転職しセブ島へ移住、その後マニラ支店設立・同士店長、現在は社会貢献事業を民間で行うためイスタンブールに移住。個人でブログ「20代の海外就職論!」を執筆中。