Selamat siang! スラマッシアン!(こんにちは!)
インドネシア、ジャカルタで人材紹介業を営むタクヤです。今回はインドネシアの犠牲祭(ぎせいさい)について。
犠牲祭とは何か?またその起源やルールなどをご紹介します。
今回は他の記事よりかなりグロテスクな話や写真も含むので苦手な方はご注意を・・・。

SPONSORED LINK

 

犠牲祭とは?

犠牲祭とはイスラム教のお祭りの一つでイスラム教の用語でイドゥルアドハー、またはレバラン・ハッジ(メッカ巡礼の代替)とも呼ばれ、インドネシアでは宗教上の祝日になっています。
2016年は9月12日(月)でした。(イスラム歴によって数えるため、現在のグレゴリオ暦とズレがあり、毎年日付が変わります。)

 

犠牲祭の様子

犠牲祭の準備は2種間ほど前から始まります。街には下の写真のような急ごしらえの販売所が作られ、犠牲祭当日までここで牛やヤギが売られます。
インドネシア

 

既に買われたヤギに持ち主の名前がスプレーで書かれています。
せっかくなので立ち寄り、話を聞いてみると、犠牲祭で使われる家畜は健康である程度の大きさが必要とのことでした。

インドネシア

 

ちなみに金額は牛1頭が12~15juta、ヤギが3~5juta程度だそうです。(2016年9月レートで1jutaルピア ≒ 1万3000円くらい)インドネシア人のオフィスワーカーの平均的な月収が5~6jutaなので、かなり高額なのが分かります。貯金の苦手なインドネシア人はどうやってこれを買っているのか未だに不思議ですが・・・笑

前日くらいになると、ここで買った牛やヤギを各々の家に持ち帰ります。うちの近くにも買われていた牛たちがいたようで、悲しげな鳴き声が夜中まで聞こえました。

インドネシア

 

当日は牛やヤギを各家からモスジット(モスク)に持ち寄ります、こうして高価な牛やヤギを提供し、ふるまうことがイスラム教的には裕福の証でもあるようです。

儀式が始まると大の大人が5人がかりで牛を押さえつけ、首を掻き切られます。
その後、血を抜き、皮をはぎ、内臓を取り出し、バラバラにして一般の人々に無料で配られます。この配るという行為は、貧しい人々に施す事でありイスラム教義として重要とのこと。

小さな区域であれば午前中には終わりますが、大きな区域やお金持ちの住むコンプレック内のモスクでは夕方までかけて何十頭もの牛やヤギを解体していました。

 

犠牲祭の起源

犠牲祭の起源はコーランや旧約聖書までさかのぼります。
神様がアブラハムに、息子のイサクを殺して神への捧げ物にできるかと迫った際に、アブラハムとイサクはそれを受け入れました。その覚悟をみた神様はアブラハムに息子を犠牲とせず、代わりにヤギを犠牲に捧げよ、といったことが由来となっているそうです。

ユダヤ教やキリスト教にも同じ話が残っているのになぜかイスラム教でのみ発展したこの犠牲祭、宗教的な研究をしていったらなかなか奥が深そうです。

 

犠牲祭のルール

犠牲祭にはいくつかのルールがあります。

その1 家畜の提供者はイスラム教徒でなければならない

これは犠牲祭の起源からです。神にささげるアブラハムはイスラム教徒(イスラム教においては彼はイスラム教徒)であり、その信仰ゆえに家畜での代替が許されたということなので、犠牲祭に家畜をささげてよいのはイスラム教徒であるとされています。

その2 殺し方にも決まりがある

メッカの方角を向かせた後、アッラーアクバル(「アッラーは偉大なり」という意味のイスラム教の言葉)の三唱をします。その後まずは咽を切り、喚かないようにした後、血を抜きます。(撲殺は禁止されており、必ず家畜の意識がある必要があります)
これはハラルの殺し方と同じですね。
→ハラルって何?という人はこちら

 

あなたは賛成?それとも反対?

人によってはこのようにみんなの前で公開処刑のように殺すのは良くないと考える人もいるでしょう。僕はこの犠牲祭を見て、ブタがいた教室という映画を思い出しました。

豚がいた教室

ストーリー

4月、6年2組の新任教師の星はこどもたちに「先生はこのブタを育てて、最後にはみんなで食べようと思います。」と提案。6年2組は騒然となる。ブタにPちゃんと名づけ、校庭に小屋をつくり、交代しながらえさやりから掃除、糞尿の始末まで生まれて初めての作業に戸惑う子どもたちであったが、やがてPちゃんに家畜としてではなくペットとしての愛着を抱くようになっていた。卒業の時は迫り、星はPちゃんをどうするかみんなで話し合って決めてほしいと提案。クラスの意見は「食べる」「食べない」に二分されてしまう。

※豚がいた教室のwikiより抜粋

一見残酷なこの行事ですが、普段僕たちが目にしていないだけで日本のスーパーに並んでいる牛も豚も鳥も犠牲祭と同じように殺されているわけです。※殺される手法は別として

もちろん見たい光景ではありませんでしたが、インドネシアでは子供のうちからこういったことが毎年行われ当たり前なわけで、死を身近に感じるともとらえることができます。そういう意味では命の重みを知るいい機会でもあるかと・・・。

この方法でなければならないとも思いませんが、これが彼らのやり方なわけで、僕は細切れにされてじゃぶじゃぶ洗われている牛やヤギを見続けることしかできませんでした。

インドネシア

 

余談ですが、この解体された肉が配られていたのでもらおうとしたら、「前日にモスジットで配られたチケットもってないとダメだよ!」と一蹴されました。それもっと早く言ってくれよおっちゃん!!!笑

 

いかがでしたでしょうか。
僕はムスリムではありませんが、こうしてイスラム教の行事を見ていると様々なことを考えさせられます。経済の発展とこうした不思議な習慣が入り混じる独特な街、ジャカルタに興味を持っていただけたらぜひ遊びに来てください!
インドネシアでの転職なら就職以外の文化にも詳しいIJTerminalにお任せください!

Sampai jumpa! サンパイジュンパ!(ではまた!)

 

 

Takuya Kato

PT.IJ Terminal (株式会社アイジェイターミナル)
ウェブサイト : http://www.ijterminal.com
Eメール : katou@ijterminal.com
電話: (+62)21-87784207 / 29840422
※ご質問の際には『W.W.Jを見ました』とご明記ください。

 

 【この記事の関連】

私が移住した国「インドネシア」はどんな国? 前編

バリだけじゃない知られざるインドネシアの観光スポットをご紹介

インドネシアの住宅事情 

世界一に選ばれたインドネシア料理とインターネットの関係

インドネシア レバラン休暇とその諸注意

インドネシア 断食月の過ごし方

 

 

The following two tabs change content below.
Takuya
1988年横浜生まれ。現在インドネシア、ジャカルタ在住。 『日本の技術力で新興国の雇用とスキルを底上げしたい』という思いから、インドネシアでの起業を目標に渡航し、IJ Terminalを設立。 Facebookの申請はいつでもどうぞ! https://www.facebook.com/takuya.kato.1988